陶芸家インタビュー

群馬県:ユアン クレイグ

群馬県みなかみ町に陶芸工房を構えるユアン クレイグ氏(以下:ユアンさん)に今回インタビューを行いました。陶芸家になろうと思ったきっかけや、作品への想いやこだわりなどをご紹介いたします。

Profile

ユアン クレイグ

1964年 オーストラリアに生まれる
1981年 ベンディゴT.A.F.Eカレッジ アート&デザイン専攻 同年卒業
1982年 ベンディゴ大学(現ラ・トローブ大学)に入学、陶芸学部専攻
1991年 島岡達三師の門に入る
1994年 栃木県益子町に築窯
2011年 東日本大震災を機に、群馬県に転居

陶芸工房訪問

自然ゆたかな群馬県みなかみ町にユアンさんの陶芸工房はあります。綺麗に手入れがされた桑の木が並ぶ道を進むと、一軒の古民家が見えます。

扉を開けるとどこか懐かしさを感じるような空間が広がっており、ユアンさんが温かく迎えてくださいました。

元々オーストラリア出身のユアンさんは、日本に来て34年。益子焼の人間国宝である、故島岡達三(しまおか たつぞう)氏のところで学び、その後自身の窯をもち益子で21年間作陶をしていました。

現在陶芸工房として使っているこの古民家は、明治5年に建てられたもの。築150年を超えるというこの古民家は、ユアンさんの手で素敵な工房兼住居になっていました。

この工房に至るには、島岡先生のところで過ごした環境が大きく関係していました。

「先生のところは茅葺き屋根で土間作り、井戸水を使って、窓はガラスが一枚もなく障子と雨戸だけ…全部昔ながらの工房でした。そんな理想的な土間のある民藝的な家を探していました。」とユアンさん。

そもそもここ群馬県に来ることになったきっかけは、13年前の東日本大震災。

地震で家と窯が被害を受け、原発事故も関係し、群馬県にある奥様の実家に避難しました。数ヶ月後…親戚の方が空き家になっていたこの家を紹介してくれたのだそうです。住みやすいようにまずはキッチンを改修し、その他の場所は少しずつユアンさんが改築しました。

土間や古民家ならではの木造建築が印象的な工房内

そんなユアンさんは、土間のいいところを4つピックアップして教えてくれました。

1つ目は、夏の間は涼しく、1年中温度が保たれます。
2つ目は、適切な湿度が保たれるので、作品が乾きすぎません。
3つ目は、土の柔らかさがあるので、立ち仕事に向いています。
4つ目は、埃が立ちにくいです。粘土などは乾くと埃が出て、珪肺になってしまうこともあります。土間だと土が埃にならず、土間にある土に吸収されます。

私たちがユアンさんの工房を訪問したのは初夏の日差しが暑い日。冷房がなくてもとても涼しい工房。とても快適でした。

陶芸家になろうと思ったきっかけ

14歳で陶芸家になろうと決めたユアンさん。小さい頃は喘息で病弱であり、お医者さんに上半身を鍛えないとずっと病気のままだと言われたそうです。

「自分の可能性を活かせる仕事、また、いくつになっても続けられる仕事をしたいと考えていました。色々な仕事から自分の得意なことをざっと書き出して、そこから苦手なものを消していきました。私の住んでいたベンディゴという町は、陶芸で150年の歴史がある町で、そこでろくろを回す陶芸のアルバイトを経験し、最終的に陶芸家になろうと決めました。」

「私は毎日充実しながら、長期的な計画を立てています。」と作陶しながらお話ししてくださいました。

作陶

土を練る

ユアンさんは窯の温度を1320度まで上げて作品を焼いているため、磁器土と信楽の粘土、2つの粘土を合わせています。益子焼よりも高い温度なので、磁器土を入れることで高温に耐え、へたってしまうのを防ぐためだそうです。

荒練りでマーブル状になった二種類の粘土を、菊練りでムラなく混ぜ合わせ仕上げて行きます。荒練りは24キロ、菊もみは12キロ。

力強く仕上げていきます。

デッサンとトンボ

ユアンさんのデッサン

今回は豆鉢よりひとまわり大きい器を作ってくれました。

豆鉢よりも大きいので“大豆(ダイズ)鉢”と、ユアンさんは所々にユーモラスを交えてお話をしてくれます。

まず作品と同じ大きさのデッサンを描いて、デッサンで決めた寸法に合わせ「トンボ」と呼ばれる道具を使って大きさを合わせます。竹にいくつもの棒がさしてあるこの「トンボ」は、ユアンさんが考えた発明品ひとつです。

デッサンに合わせ、トンボのサイズを決めていく

「本当は作品一点一点につき、1個ずつ作るのですが、そうすると場所がなくなってしまうので、作品ごとに組み合わせられるように自分で作りました。こうすると一セットだけで済むので嵩張らなくて良いんですよ。」

家から使っている道具まで、発明品の宝庫。

トンボを使い、器の大きさを調整する

1匹のトンボが飛んでいるような、このユアンさんの発明品はとても印象に残りました。

ろくろ

ユアンさんは足で蹴って回転させる「蹴ろくろ」を使っています。元々薄い板だけの状態だった床を張り替えて、蹴ろくろが入るように床面を上げて深くしたそうです。

「電動ろくろと蹴ろくろは全然違って…電動ろくろは一定の速度で動きます。踏めば速くなるし、離せばゆっくりになります。蹴ろくろは、蹴れば速くなりますが作っている間にだんだんゆっくりになっていき、一点一点の速度にメリハリがあります。体全体を使って作るので、作品の味や個性が全く違ってきます。作品のなりたい形を一緒に導きながら作るという感じです。また、何十何百と繰り返していくうちに、体が勝手に覚えていきます。 とてもドラマチックだね!」と、楽しそうにお話をしてくれるユアンさんの作品一つ一つには、物語を感じます。

作陶中はほとんど電気をつけず、自然光で行います。

「ここに引っ越したとき、なるべく電気を使わない生活をしたいと思っていました。うちには井戸水があるので、水は井戸水を使って、土を練る時は手でやって、ろくろは蹴ろくろを使って、光は自然光を取り入れて、作品は薪窯で焼いて…電気を一切使わずに制作ができるようになっています。使いたい時には電動ろくろを使うこともできるし、お客さんがきた時に電気をつけて作品を見てもらうこともできますが、基本的には昔ながらのやり方で人間的なものを作りたいと思っています。」

ユアンさんの工房では、鳥のさえずりや風の音が心地よく聴こえて来ます。

飛び鉋

ろくろを見せてくれた後、すでに乾燥させてあるお皿で「飛び鉋(かんな)」の工程を見せてくれました。

ろくろを回しながら連続模様を刻んでいく「飛び鉋」という装飾技法は、鉋と呼ばれる道具の先っぽだけを当てて、連続した削り目をつけます。

今回施すのはお皿の裏側。

「お皿を洗う人のことも考えて、裏側も丁寧に作りたいと思っています。例えば…自然界は、葉っぱの表も裏も綺麗です。山は遠くで見ても美しいし、その生えている木を見ても美しくて、木に生えている1枚1枚の葉っぱを見ても美しい。それをさらに顕微鏡で見ても美しいですよね。そういう感じの自然の美しさを作品にも求めています。」

“飛び鉋”の工程では、電動ろくろを使用しています。今回初めて電気を使用するところを見ました。

「飛び鉋はバネになっているので、手加減がとても大事です。土の硬さと、ろくろの回転速度と…どの位置で持つのか、どのくらいの力でもつか、角度も大事です。昔のいいものは残しながら、文明の力を取り入れるところもあります。どちらか全てを鵜呑みにしなくてもいいと思っています。簡単そうに見えるかもしれないけど、簡単じゃないよ。(笑)」

とユアンさん。見ているだけでとても難しいということは伝わります。とても繊細な模様が出来上がります。

落款印

仕上げにいつ誰が作ったかわかるようにサインを描いて、落款印を押します。落款印は作家印とその年の干支のマークをモチーフにしています。もちろんこの落款印も全てユアンさんの手作りで、今年は(インタビュー時は 2022年)寅年なのでトラ模様なのだそう。

ちなみに器を削った際の土も再生して、無駄なく使用していると教えてくれました。

「削った土も再生できるので、無駄はありません。何回も何十回も再生できますが、一度焼いてしまうと化学変化が起きて固くなってしまうので、再生ができなくなります。なので私は素焼きをしない理由の一つで、一発で焼きます。焼く前の状態で満足しなければ壊してやり直します。」

取手

ユアンさんの作品で印象的な造形の一つである取手の部分。

「取手が一番土の柔らかさを表現できます。取手ほど土の柔らかさを表現できるものはありません。」

取手を作成する様子

「紐を作って伸ばして、細い板を作って曲げてつける方法もありますが、自然な曲線が出ないし、付け根が弱くなります。土を線のように作って曲げると、土の粒子がバラバラになってヒビが入る原因になります。

私のやっている方法は、イギリスなどでの伝統手法でもあるのですが、濡らしながら表面を撫でて表面の粒子を整えます。重力でどんどん下に伸ばしていき指の先で筋を入れてつけます。取手のつける場所はどこからでもいいですが、私は器のフチからつけるのが好きです。

乾かす時も大事で、ゆっくり乾かして馴染むようにしていきます。

土の弾力と重力でこの曲線が成り立ちます。取手の膨らみ部分は絶対に触りません。自然な曲線なままに、いじるとだめになってしまうので、これも手加減、力加減が大事です。」

最後に窯を案内してもらいました。この窯もユアンさんの発明品です。東日本大震災の時に窯が崩れてしまった経験を活かし、窯の煙突と本体は組み込み、鉄の枠を棒で固定し滑らないように。さらに屋根のアーチの組み方を工夫して地震に強い形にしているのだそうです。

失敗の連続でやっとできたというこの窯は、支柱を台にし、その上に板を置き作品を並べます。一回の窯焚きで大体400個の作品が入れられるそうで、月に1回ほど焼くそうです。

「扉はレンガを積んで閉めて、火を入れます。薪は下からくべます。炎が部屋の後ろから入り、上から作品の間を抜けて、下をくぐり後ろにある煙突へと抜けて行きます。薪から炭素が多めに入り、炭素、酸素が多い中で化学変化が起き、赤い錆が還元化して黒くなります。酸化状態で焼くと赤くなり、還元で焼くと鉄のような黒のようになり、さらに超えると青くなります。窯変天目(ようへんてんもく)のような感じです。」

これは窯変天目の一種とその器を見せてくれました。

「窯の中で化学変化のようなことを起こしたいのですが、還元の状態は炭素が多すぎて不完全燃焼を起こすので、温度が上がりにくいです。伝統的な窯だと、強還元の状態にしてどんどんと燃え尽くし、酸化で完全燃焼が始まると、またいっぺんに薪を入れて還元に戻し、そのため温度が一気に下がります。私のこの窯は、片側に薪を入れて還元により不完全燃焼を起こすときに、もう片側は酸化で完全燃焼が起きるようになっています。交互に薪をいれていくので温度が素直に上がっていきます。そのため、温度を上げながら作品を還元の状態で焼き上げることができます。」

畳のい草を使い模様がつけられたお皿

また、焼く際に藁ではなく「い草」を乗せ焼くことで起こり、還元により独自の文様である「緋襷」を付けています。この「い草」は畳の張替などで出た廃棄するのを再利用したもの。笹をイメージした緑色の部分も試行錯誤の上できた色なのだと言います。

火の入れ方によりこんなにも色が変わること。たくさん試行錯誤し、今の作品の色が生み出されていることを知ることができました。

また、ユアンさんはサステナブルな取り組みを、昨今叫ばれる前から当たり前のこととして行っていました。

「伝統の窯は三日三晩火を入れます。私の作ったこの窯は素焼きをしない生の状態で火を入れてから14時間。伝統の窯は10トンほどの薪を使うのに対し、この窯は400kg程で大丈夫です。使う薪は赤松でなくても良いし、杉でも針葉樹でも…乾燥したものであれば、伐採した廃材でもなんでも使います。」(赤松を使うのは火力があることと、灰が溶けると綺麗な緑色になる意味があります。)

今使っている薪は、みなかみで“自然の木を増やす活動”で切った木を薪にして使っているのだと言います。実際にその活動にユアンさんも参加しています。

「化石燃料はまず使いません。薪窯にしかできない表現があります。灰が被る具合など、一つ一つが違ってきます。絶対電気窯やガス窯では出ない美しさがあります。私と自然が協力して、作品を生み出す感覚です。一方的に作っているのではなく、自然と一緒に作っています。」

作品への想いやこだわり

作陶中「自分と自然の対話から生まれるものを大切にしている。」とユアンさんの言葉が印象的でしたが、最後に作品への想いを聞きました。

「作品は作って終わりではなく、使う人の食卓に置かれて、初めて完成すると思っています。なので、器を使うプロ(料理人)と器を作るプロ(私)とでよく話したりします。」

「プロの人が使うときは良くても、家庭で使うには少し使いづらいということもありました。お皿の大きさは一緒でもお皿の幅を短くしてみたりと、使う時のことを考えて作っています。この青緑の曲線模様は日本料理で使われている笹の葉をイメージしています。飾りの葉がなくても料理と器で映えるように作りました。そうやって実際に使うことをイメージして作品を作っています。」

ユアンさんの作品は、使う人のことを考えて、実際に使われる時のことを思い描いて…細部まで想いが込められていることを知ることができました。

ユアン クレイグ氏の器を「鑑定士が選んだ珈琲 ルワンダ フイエマウンテン」の商品写真に使用しております。

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